はじめに:「続かなかった人間」が、なぜ1303日も続いたのか
正直に言うと、私は日記が続いたことがありません。
気まぐれに書いても、長くて一か月。三日坊主で終わる方が普通でした。
そんな私が、ある時期から「三行だけの記録」を始めました。
今日で1303日目。約三年半、一日も欠かさず続いています。
この三行ログは、私が底の見えない毎日から抜け出すための、
最初の小さな足場になりました。
続いた理由は単純です。
「意志」でも「根性」でもありません。
エネルギーが枯渇した状態でも実行できるよう、
思考負荷を極限まで削った設計にしたからです。
この記事では、
私が実際に使い続けた「三行ログ」の構造と、
なぜそれが機能したのかを、Satsuki式の視点で解説します。
なぜ「三行」なのか:情報量を制限するという設計思想
三行ログのルールは、極めてシンプルです。
寝る前に、その日にあった「良かったこと」を三つ書く。
なぜ三つなのか。
理由は明確です。
多くの記録法は、
「良くなかったこと」「反省」「明日の目標」などを含みます。
それ自体は悪くありませんが、負荷が高い。
Satsuki式では、回復初期に重要なのは
分析ではなく、負荷制御です。
三行に限定することで、
・考えすぎない
・掘り下げすぎない
・自責ループに入らない
この三点を同時に満たします。
三行ログが機能した理由:思考システムに起きていた4つの変化
① 注意の向きが書き換わる
負荷が高い状態では、
意識は自然と「うまくいかなかった点」に吸着します。
一日の終わりに「良かったこと」を探す行為は、
情報の検索条件を書き換える訓練です。
続けることで、
「無意識にネガティブを拾う癖」が弱まり、
「プラス情報を検出する回路」が徐々に活性化します。
② 記憶の終点を上書きできる
一日の最後に扱った情報は、
その日の「印象」として定着しやすい。
寝る前に三行だけでも
ポジティブ寄りの情報を通すことで、
一日のログの終端が書き換わる。
これは翌日の初期状態にも影響します。
③ 自己評価が静かに回復する
三行ログに書かれるのは、
大きな成功ではありません。
こうした「小さな達成」を
事実として残すことで、
「自分は何もできていない」
という誤認が、
少しずつ解除されていきます。
④ 継続できる設計になっている
三行。
一行一文。
これ以上削れないほど、軽い。
続いた最大の理由は、
「やる気がなくても実行可能だった」ことです。
実証済み:Satsuki式・三行ログの運用ルール
①紙とペンは使わない
行動コストをゼロに近づける
私はスマートフォンを使いました。
理由は一つ。
そこにあるから。
記録の質より、
実行率を最優先します。
②他人と共有しない
比較というノイズを遮断する
共有機能は、すべてオフ。
他人のログを見ると、
無意識に比較が発生します。
このログは
「見せるもの」ではなく
内部調整用の記録です。
③必ず三つ書く
多く書かない代わりに、欠かさない
最初は三つも出てきません。
私の初期ログは、こんなものでした。
- 面談が予定通り終わった
- 番組が面白かった
- 新しい洗顔を使った
これで十分です。
探す行為そのものが、すでに回復動作だからです。
④一項目一行
思考処理量を制限する
説明しない。
理由を書かない。
「書かない勇気」が、継続を支えます。
最重要ルール
語尾を変えるだけで、意味が変わる
私が途中から取り入れた、
最も効果の大きかったルールがあります。
「〜できた」で終わらせる
- 13時まで眠れた
- ちゃんと休めた
事実は同じでも、
受け取り方が変わる。
「!」をつける
文字の印象は、思考に影響します。
- ご飯が美味しかった!
- 予定通り帰れた!
小さなことでも、
「良い出来事だった」と
自分に認識させるための記号です。
続けた先で起きた変化
感情が、少しずつ動き始める
以前は、一日の終わりに
嫌なことと反省しか浮かびませんでした。
三行ログを続けるうちに、
「今日は何か良いことあっただろうか?」
と考える時間が生まれます。
それだけで、一日の終わりが変わります。
やがて、
書く内容が少しずつ変わっていく。
その変化に気づいたとき、
私は初めて、
自分で自分を立て直している
という感覚を持てました。
まとめ
回復とは、「気づける範囲」を広げること
回復は、外から与えられるものではありません。
元々備わっている機能を、
壊さず、急がせず、再起動するプロセスです。
三行ログは、
そのための最も軽い基礎動作でした。
完璧である必要はありません。
立派である必要もありません。
ただ、
今日の中にあった「良い出来事」を三つ拾う。
それだけで、
思考システムは静かに再起動を始めます。

