「マジョリティじゃねぇ奴」でいい――世界に合わせて壊れた自分と、ライブ会場で出会った本当の原因

ストーリー

はじめに:壊れたのは心じゃない、生き方だった

長い時間をかけて、少しずつ壊れていくものがある。
それは突然折れるわけでも、派手に崩れるわけでもない。

ただ、
静かに、自分では気づかない形で削れていく。

私は、自分が限界を超えていたことに気づいたとき、
すでにかなり遠くまで来ていました。

外から見れば、真面目で、責任感が強く、
「ちゃんとしている人」。

内側では、
世界に合わせるために、本当の自分を押し殺し続けていた。

この話は、
症状の話でも、環境の話でもありません。

「なぜ、そこまで自分を壊す生き方を選んでいたのか」
その原因に、初めて触れた日の話です。

動かなくなったシステム

ある日を境に、
「頑張れば動く」という前提が崩れました。

責任感という糸で吊るされていた身体は、
糸が切れた瞬間、完全に制御を失いました。

眠り続ける。
起きられない。
動こうとしても、反応が返ってこない。

それは怠けでも、甘えでもなく、
すでに限界を超えていたシステムが、強制停止した状態でした。

回復を待つ間も、
内部では同じエラーが蓄積し続けている感覚がありました。

「このままでは、また同じ場所に戻る」

その予感だけが、
ずっと消えずに残っていました。

変わらない日々の中で訪れた、ひとつの選択

そんな停滞した時間の中で、
ひとつの情報が入ってきます。

ELLEGARDENのライブ。

正直に言えば、
体調的にも、精神的にも、不安しかありませんでした。

それでも、
「何かが変わるかもしれない」
その感覚だけが、背中を押しました。

ライブ会場で起きた、予想外の再起動

音と光が一気に押し寄せた瞬間、
身体は悲鳴を上げました。

「無理だったかもしれない」

そう思った次の瞬間、
まったく別の反応が返ってきました。

身体が、勝手に動く。
感情が、勝手に溢れる。

そして、生まれて初めて湧き上がった感覚。

「人の目なんて、どうでもいい」

それは、
これまで一度も許してこなかった感情でした。

心に突き刺さった言葉

ライブの途中、
ボーカルの言葉が、会場に落ちました。

「マジョリティじゃねぇ奴らが、こんなにいるじゃん」

その瞬間、
何かが一気に崩れました。

泣いた理由は、
ライブが感動的だったからではありません。

ずっと閉じ込めてきた自分に、
初めて“居場所”が与えられたからです。

気づいてしまった、本当のズレ

その場で、はっきりと理解しました。

私はずっと、
マジョリティであろうとして生きてきた。

  • 普通であること
  • 期待に応えること
  • ズレないこと

それが正解だと信じてきた。

でも実際は、
最初からズレていた。

それを自覚していたからこそ、
無理に合わせ続けて、
自分を削り続けていた。

向き合う相手を、間違えていた

それまで私は、

  • 状態の波
  • 周囲への怒り
  • 環境への不満

そこにエネルギーを使っていました。

でも、
正面から向き合うべき相手は、
そこではありませんでした。

一番向き合うべきだったのは、
「他人の目で作られた自分」でした。

「元に戻る」必要なんてなかった

よく言われます。

「元の自分には戻れない」

それは正しい。
でも、少し違う。

元の自分に戻る必要は、そもそもなかった。

元の自分とは、
世界に合わせて作った仮の人格です。

必要だったのは、
修復ではなく、再設計。

Satsuki式マインドセットの出発点

この体験を境に、
私は視点を変えました。

  • 自分は何が好きか
  • 何が苦手か
  • どこで無理をしてきたか

それを、
感情ではなく、構造として見る。

この作業が、
後に「Satsuki式マインドセット」と呼ぶことになる
思考OSの再構築の始まりでした。

まとめ:マジョリティじゃなくていい

あなたが壊れた理由は、
弱いからでも、能力がないからでもありません。

世界に合わせすぎただけ。

もし、
「ずっと生きづらかった」
「なぜか無理をしてきた」

そう感じるなら、
それは欠陥ではなく、特性です。

マジョリティじゃねぇ奴でいい。
それに気づいた瞬間から、
再構築は始まります。