生存戦略の論理的エラー
私のうつ病は、会社で発症しました。しかし根本的な原因は、幼少期に脳に組み込まれた、致命的な『生存戦略の論理的エラー』が40年の時間をかけて限界を迎えたという、極めて論理的な燃料切れだったと考えています。
私は長い間、自分が得ている情報量が他の人と比べ物にならないほど多いという事実に気づいていませんでした。その分析能力は、周囲の人間関係や世の中の仕組みが、あまりにも非効率に見えるという現象を生み出しました。
しかし、幼少期の私にとって、その「非効率な周囲」こそが、自分の生存を握る絶対的な権威でした。「自分の論理は間違いだ」「周り(権威)が言う非効率こそが正解だ」と自分の考えを否定し続けることが、私にとっての唯一の生存戦略だったのです。
これは、機能特化CPUに対し、「最適解を出力した直後に、その最適解を否定し、非最適解を実行せよ」という、自己破壊的な命令を延々と出し続ける行為でした。
この体験記では、私の思考回路の基本設計となった「罪悪感プログラム」の起源から、それがどのように大人になって破綻に至ったのかを、現在のSatsuki式マインドセットの視点から分析していきます。
論理の起源:4歳で書き換わった「生存戦略」の致命的なエラー
私の自己肯定感をゼロに設定した「罪悪感プログラム」は、4歳の夜に決定的にインストールされました。それは、たった3粒のチョコレートをめぐる出来事です。
寝る前に歯磨きをするよう言われた私は、「わかった。」と言いながらチョコレートを食べていました。事前に食べて良いと許可をとって食べていた「きのこの山」でした。その時点で、箱の中にはあと3つ。
「食べてしまってから、歯を磨こう。」
そう決めて、手を伸ばし食べ続けました。
すると、母は私を叱るのではなく、泣き出したのです。
その瞬間、私は愕然としました。目の前にいるのは、私という子供を叱りつける絶対的な「権威」ではなく、自分よりも弱い、脆い存在でした。
このとき、私の脳内の機能特化CPUは、生存戦略を自動で書き換えました。
「母は弱い。この弱い存在を、私が守らなければならない。困らせてはいけない。母に迷惑をかけることは、私の生存基盤そのものを脅かす。」
そして、「自分の欲望(チョコレートを食べたい)」が「母の弱さ(泣く)」を引き出し、「生存危機」につながったという論理が確立しました。
【基本設定:罪悪感プログラム Ver.1.0】
自分の感情、欲求、論理は、「母に迷惑をかける要素」である。ゆえに、自分の感情・論理は、常に否定(廃棄)せよ。
こうして、私は「母を守る」という絶対的な使命を背負い、自分の欲望をゼロに設定することでしか生きられない、燃費の悪い思考回路を基本設計として固めてしまったのです。
ゼロに設定された自己肯定感
このプログラムの支配下にあった私は、自分の価値は外部の利害関係に依存するという思考回路を形成しました。
私は幼少期から、母の夜のお店の客や関係者から、「頭がいいね」「かっこいいね」「しっかりしているね」と常に褒められました。しかし、私は一度たりともその褒め言葉を「自分の真の価値」として受け入れたことはありません。
なぜなら、私の脳は即座に次のような演算を完了させてしまうからです。
「この褒め言葉は、利害関係が生み出した単なる円滑油にすぎない。自分の価値を示す有効なデータではない。」
自分の欲望や感情を表現すれば、母の泣く姿を招いた4歳の夜のように、再び「生存への脅威」につながります。ゆえに、「他人を満足させ、迷惑をかけない振る舞い」だけが『正解』として、思考回路を占有しました。
こうして、私の「自己肯定感プログラム」は、外部の利害関係が途切れた瞬間にゼロに戻るという、最も燃費の悪すぎる設計で固まってしまったのです。
成人後のエスカレート:成功すら許さないプログラムの暴走
成人し社会に出た後、この幼少期の「罪悪感プログラム」は、「完璧主義」という形で発動し続けました。「母に迷惑をかけてはいけない」が「上司やチームに迷惑をかけてはならない」に転用された結果です。
「結果を出し続けるからこそ、自分の存在価値がある」という思考。裏を返せば、「結果を出さない自分は、存在価値がない」という思考構造です。
私の成功、「ミスターパーフェクト」とも呼ばれた実績は、私の真の自己肯定感に基づいたものではありませんでした。それは、「私は迷惑をかけていない」という罪悪感の否定でしかありません。
特に、昇格した、大きな契約を取った、高評価を得た直後の行動に、その論理は最も顕著に現れました。
私は心から安堵する間もなく、「すぐに次の仕事に取り掛からなければならない」という強迫観念に駆られました。成功し、組織に価値を提供した瞬間でさえ、脳内では休息を拒否する論理的なアラートが鳴り響いていたのです。
そしてその特性は、私が大学卒業後初めて勤めた会社が営業会社であったことで更に拍車がかかりました。営業は、その日その日の成績がすべての完全実力主義です。どれだけその日に数多くの契約や、前人未到の成績を収めても、営業成績を表すホワイトボードは、次の日の朝礼が終われば真っ白に戻ります。毎日、成績がリセットされ、日が変わればまた全員ゼロからのスタートでした。
「立ち止まること」=「価値の提供が止まること」=「再び誰かに迷惑をかける存在になること」という、幼少期の生存の危機に直結した論理です。
成功とは、「プログラムの要求を満たし、今日の不安を一時的に回避できた」という通知であり、翌日にはまたゼロ地点からスタートするのです。
なぜ完璧主義者は必ず燃え尽きるのか?
私のうつ病は、この「ゼロリセット」を繰り返す罪悪感プログラムによって、論理的に決定づけられていました。
常に自己肯定感をゼロに設定されているCPUは、どれだけ高性能だったとしても、永遠に満たされないという無限ループに陥ります。完璧を目指しても、その完璧が自分自身に価値を付与することはないからです。
この「感情の二重処理」という根本的に無理があり、思考の燃費があまりに悪い戦略は、40年近くの時を経てついに破綻しました。うつ病は論理的な燃料切れだったのです。
Satsuki式・プログラムのアンインストールと再起動
この自己破壊的なプログラムを止めるには、まず「プログラムの存在」を認識し、その論理をアンインストールすることが必要です。
自分自身の「やりたいこと」「論理」「感情」を否定することをやめ、自分自身の中に「答え」があると認めることが大切なリニューアルです。その答えが正解かどうかは、誰にも分かりません。正解なんてないのだと、今は思います。
そのために自分の中にある様々なものを整理する「思考の交通整理」を活用することは、再発を防ぎ、自己肯定感をゼロから再構築するために有効な手段です。
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