はじめに:これは「停止」の物語ではない
この記事は、私のシステムが止められた日の記録です。
ただし、これは感情の爆発や悲劇の物語ではありません。
ここに書かれているのは、限界まで稼働し続けたシステムが、外部監査によって強制的に停止された――その一連のプロセスです。
「自分はまだ動ける」
「少し疲れているだけだ」
そう思っていた当事者の認識と、外部から観測された“実際の状態”は、驚くほど乖離していました。
このログは、同じ場所に近づいている誰かが、停止が発動する前に構造を理解するための資料です。
システム不具合の検知から、外部監査へ
私が自分の稼働状態に違和感を覚え始めてから、すでに一年以上が経過していました。
気力も体力も削られ続け、それでも「稼働は可能」という自己判定のまま、日常処理を継続していました。
やがて、組織側の判断として外部監査が設定されます。
これは、当事者の主観を排し、システムの状態を数値化するためのプロセスです。
ここで初めて、私の内部ではなく、外側の基準が適用されました。
結果は明確でした。
即時稼働停止が妥当
当事者の意志や覚悟は、判定には含まれません。
システムが「これ以上動かせば破損が拡大する状態」にあると判断された時点で、強制シャットダウンは発動します。
なぜ、即座に停止できたのか(リソース確保の論理)
停止命令が出た瞬間から、別のシステムが同時に動き始めます。
それがリソース確保です。
私はすでに、稼働不能に備えた最低限の引き継ぎデータを作成していました。
業務が特定個人に依存しないよう、処理を分散させる設計も進めていました。
この“事前の無意識な準備”によって、
という状態が成立していました。
重要なのは、当時の私も組織も、「短期間で復旧する」と予測していたことです。
停止は、終わりではなく「一時的な調整」だと考えられていました。
想定と現実のズレ
停止当初の想定はこうです。
しかし、実際には――
このズレは、誰かの判断ミスではありません。
内部観測だけで動き続けたシステムが、外部基準で初めて現実を突きつけられた
ただ、それだけのことです。
「見えない敵」の正体
停止後、最も強く感じたのは、
想定していた敵と、実際の敵はまったく違った
という事実でした。
単一の不具合を修正すれば終わる――
そんな単純な構造ではありませんでした。
実際には、
それらが絡み合った分散システムの異常だったのです。
しかも厄介なことに、
外部からはその全体像が見えません。
「動けているように見える」
「責任を果たしているように見える」
その評価自体が、さらに負荷を追加する入力となっていました。
フェーズ0の役割
この段階――
フェーズ0:システム異常のロジック――で行うべきことは、回復ではありません。
ただ一つ、
何が起きていたのかを、構造として理解すること
です。
敵を知り、己を知る。
このログが、あなたのシステムを俯瞰するための一枚の設計図になれば幸いです。
まとめ:停止は失敗ではない
強制シャットダウンは、敗北ではありません。
それは、
「これ以上壊さないために、止める」という合理的な判断です。
もし今、あなたが
そんな位置にいるなら――
このログは、あなたの未来の説明書になるかもしれません。
次のフェーズでは、
停止したシステムが、どのように安定化へ向かうのかを扱います。

