動いていないのに、消耗していく
仕事を止め、横になっている時間がほとんどだった。
一日の大半を眠って過ごしているはずなのに、回復している感覚はない。
起きているのか、寝ているのかも曖昧。
頭の中だけはずっと稼働していて、身体は休んでいない。
不思議なことに、
起きている時と同じくらいの頻度でトイレに行きたくなる。
その家では、ベッドからトイレまで30歩ほど。
たったそれだけなのに、辿り着くころには息が切れていた。
壁に手をつき、
一歩ずつ、転ばないように確認しながら進む。
視界は、手ぶれ補正のない映像みたいに揺れている。
壁から離れると、平均台を渡るように腕を広げてバランスを取る必要があった。
これは「寝すぎ」でも「運動不足」でもない。
身体制御に必要な処理が、極端に落ちていた状態だった。
トイレで、力が抜ける
ようやく辿り着いたトイレで、
週に1〜2回、私は倒れた。
つまずいたわけではない。
急に血の気が引き、立っていられなくなる。
排泄の途中、あるいは直後に、
・頭が一気に軽くなる
・冷や汗が噴き出す
・視界が白く塗りつぶされていく
初めて起きたとき、
「このまま意識が消える」と直感した。
トイレを出てすぐの廊下で崩れ落ち、
床に横たわったまま動けなくなる。
目は開いているのに、
手足に力が入らない。
冷や汗が床に落ちる音だけが、やけに大きく聞こえた。
声は出ない。
助けも呼べない。
システムが“強制停止”しただけ
後から知った言葉を使えば、
これは「迷走神経反射」と呼ばれる現象らしい。
だが、ここでは名前は重要ではない。
ロジカルOS的に言えば、
自律制御システムが過剰反応し、強制的に電源を落とした状態だ。
・血圧
・脈拍
・意識レベル
これらを一時的に下げてでも、
「これ以上動かすと危険だ」と判断した。
倒れたのは失敗ではない。
生存優先の安全装置が働いただけだ。
それでも「迷惑をかけてはいけない」と思っていた
この反応は、実は以前から起きていた。
働いていた頃も、トイレで同じ状態になることがあった。
それでも私は、
便座に座ったまま耐えていた。
「他の人に迷惑をかけてはいけない」
その一心で。
今思えば、
身体の危険信号より、責任感を優先する
完全に壊れた判断基準だった。
「トイレが長い」と陰で言われていたらしいが、
当時の私も、周囲も、冷静さを失っていた。
妻の行動が、命綱だった
それ以降、
私がトイレに立つと、妻はさりげなく様子を見に来た。
倒れて這い出てくると、すぐに気づいてくれる。
前兆がないからこそ、常に気を張らせてしまった。
外出時も同行してくれた。
「いつ倒れるか分からないから」
その一言に、どれほど救われたか分からない。
夜、私が眠っていると、
妻はそっと顔に耳を近づけて、呼吸を確かめていたらしい。
「生きてるね。よかった」
その声を、私はうっすら聞いていた。
回復のサインは、回数で分かる
時間とともに、
この強制停止は少しずつ減っていった。
完全になくなるまでには、2年以上かかった。
だが、回数が減ることで、回復ははっきり分かった。
ここ半年ほどは、ほぼ起きていない。
これは気合でも、努力でもない。
自律制御システムの負荷が下がった結果だ。
このログが伝えたいこと
もし今、
・トイレで倒れそうになる
・排泄後に急激な脱力が起きる
・「自分が弱いだけだ」と思っている
なら、それは違う。
あなたの身体は、
限界を超える前に止まっているだけだ。
頼れる人がいるなら、必ず頼ってほしい。
それは甘えではない。
回復に必要な“安全確保”という工程だ。
フェーズ0ログとしての結論
倒れたのは、壊れたからじゃない。
無理を続けさせないために、
身体が先にブレーキを踏んだだけだ。
これは異常ではない。
極限状態で起きる、
正しいエラー反応の記録である。

