はじめに:最も危険な「回復の錯覚」
うつ病の回復期に、多くの人が陥る最も危険な罠があります。それは「回復の錯覚」です。
闘病中は普段から、「○○をしたいのにできない」「○○をしないといけないのにできていない」という焦りと苛立ちと共に生活をしています。そのため、「調子が良い」と感じる日には、「今日ならやれるかも。」とついついやりすぎてしまいます。
「昨日、あんなに元気だったんだから、今日も頑張れるはずだ。」
「調子が良い今、溜まっていたことを一気に片付けなきゃ。」
そう思って無理をした結果、翌日、まるで振り出しに戻ったかのようにベッドから起き上がれなくなる。
私も過去に何度もこの悪循環に陥りました。せっかく上向きかけた気持ちが、一気に自己嫌悪へと逆戻りする、あの絶望感は本当に辛いものです。
なぜ、うつ病にはこのような「波」があるのでしょうか?
この記事では、この波の正体を理解し、調子の良い日を「貯金」ではなく「投資」として使い、持続可能な回復のペースを掴むための具体的なマインドセットと習慣をお伝えします。
うつ病の「波」が起こるメカニズムの理解
この波は、あなたの「意思の弱さ」や「怠惰」によるものでは決してありません。脳の回復プロセスにおいて、必ず起こる病気の特性です。まず「自分が悪いわけではない」ということを再確認したうえで、読み進めてください。
脳のエネルギー残量不足
うつ病で疲弊した脳は、バッテリーが満充電になるまでの時間が非常に長く、回復速度が極端に遅くなっています。
うつ病で疲弊している脳は、私の体感でいくと、一日寝てバッテリーに充電できる量は15%~20%くらい、うまく充電できた日でも30%回復させることが出来れば良い方だと思います。
平凡な一日を過ごすために使われるエネルギーを、一日で回復させることはできないのです。そのため、極力エネルギーを使わない平凡以下の一日を何日も繰り返して、ようやく60%くらいまで充電が溜まった日が「調子が良いと感じる日」ということになります。
つまり、良い日に活動できるようになったエネルギーは、次の悪い日に備えて「温存すべきエネルギー」であり、使い切っていい「活動エネルギー」ではないのです。
感情のコントローラーが不安定
脳の司令塔である前頭前野が完全に機能回復していないため、体調(物理的な疲労)と気分(精神的な落ち込み)の連動が不安定です。気分が良くなっても、体が疲れていればすぐに波は下がり、逆に気分が落ち込んでも、体は動かせることもあります。
通常であれば、気分が良い日は体も動くので充電の消耗もある程度コントロールできます。しかし、司令塔が不安定なせいで、同じ作業をしてもその日によってエネルギーを30%消費したり50%消費したりと、充電の消耗も不安定になります。
スマートフォンでXを使った時に、1時間使っても5%しか充電が減らない日もあれば、同じ使い方でも30%も充電が減ってしまうという日があるというような状態です。
これでは、スマートフォンの充電を夜まで使い切ってしまわないようにと計画を立てて使用するということは不可能です。
この不安定さの存在を理解して受け入れることが、波に飲まれない第一歩です。
「良い日」の過ごし方:エネルギーを分散させるマインドセット
調子の良い日こそ、最も気をつけなければなりません。良い日は「頑張って活動する日」ではなく、「持続可能な回復の土台を固める日」です。
| 悪い過ごし方(貯金マインド) | 良い過ごし方(投資マインド) |
| ❌ 頑張って活動する | ⭕️ 「何もしない時間」をノルマにする |
| 「体調が良いうちに、溜まった家事や仕事を終わらせなきゃ!」と、無理に活動時間を長くするのはNG。翌日の不調に直結します。 | どんなに調子が良くても、必ず「ソファで何も考えない30分」など、何もしない休憩時間を設けましょう。回復エネルギーの温存に投資します。 |
| ❌ 大きな成果を出す | ⭕️ 小さな習慣を試す |
| 大きな達成感は脳を興奮させすぎます。興奮は疲労につながります。 | 「三行日記を書く」「太陽の光を5分浴びる」など、「再発防止のための習慣」カテゴリで紹介しているような、負荷の低い習慣を試す日にしましょう。 |
| ❌ 完璧を求める | ⭕️ 「少し物足りない」くらいで止める |
| 完璧にしようとすると、当初の想定以上にエネルギーを使ってしまうことが多々あります。 | 「8割できたからOK」と、あえて残すことで脳のエネルギーを温存します。 |
「悪い日」の過ごし方:休むことに「正当な理由」を与える
調子が悪い日は、自分を責める必要はありません。あなたは「怠けている」のではなく、「最も必要な治療」を行っているのです。
| 悪い過ごし方(自己嫌悪) | 良い過ごし方(闘病マインド) |
| ❌ 罪悪感を抱く | ⭕️ 「今日は休息という名の治療日」 |
| 「私だけが動けない」「みんなに迷惑をかけている」という、ネガティブな感情はエネルギーを消費します。 | 医師に「今日は横になるように」と指示された日だと捉え、休むことに正当な理由を自分で与えます。 |
| ❌ 情報を遮断しすぎる | ⭕️ 「最低限の生活」だけを目標にする |
| 完全に外界と遮断すると、孤独感が強まります。SNSを断つのは良いですが、家族や理解ある知人など、小さな繋がりは維持しましょう。 | 「ご飯を食べる」「水を飲む」「トイレに行く」など、生きるために必要な最低限のことができれば、今日の成果は100点満点です。 |
| ❌ 諦める | ⭕️ 「波は必ずまた上向く」と信じる |
| 「このまま治らないのでは」と不安になっても、うつ病の波は必ず動きます。「また良い日は必ず来る」と、嵐が過ぎ去るのを待つ心構えでいましょう。 | 波は水面が上がったり下がったりすることで立ちます。今下がっているなら、そのうち上がる時は来ます。 |
再発防止へ繋げる「Satsuki式習慣」:波の「予兆」を掴む
波に飲まれないためには、波が大きくなる前に「波が来る予兆」を掴むことが再発防止につながります。
【Satsuki式習慣①】体調の波を掴む「ざっくり5段階記録」のススメ
私は、寝る前に三行日記をつけます。その際に、その日の体調を5段階で評価します。
「すごくしんどかった」
「ちょっときつかった」
「良くも悪くもなかった」
「ちょっと良かった」
「結構良かった」
こんな感じです。厳密につけようとすると疲弊するので、ざっくりで構いません。そして、前の日の夜に何時間くらい寝ていたのかもざっくり記録します。
私はなんとなくつけ始めたのですが、しばらくつけているうちにだんだんとパターンが出てきました。最初のうちはほとんど「すごくしんどかった」が続きます。そのうち時々「ちょっときつかった」「良くも悪くもなかった」が混ざり始めました。
そのうち、その混ざる日が1週間に1回くらいだなと気づき始めます。
それがあなたのパターンです。
回復に近づいていくと、その周期が良い方に変化していきます。私は今、2週間周期で良い期間と悪い期間が入れ替わります。まだまだ悪い期間はあるのですが、それを把握しているので備えることができるのです。
闘病中は、「いつまで経っても治らない」と0か100かのように考え、前進している感覚はつかみにくいものです。なぜならば、うつ病は目に見えてみるみるうちに回復するような病気ではないからです。
しかし、自分の体調パターンを知っていれば、
「1週間に1回しかなかった調子が少し良い日が、最近は2週間に3回あることがたまにあるな。」
など、細かな変化に気づくことができるのです。
それは、小さいかもしれませんが回復に向けての輝かしい光です。
【Satsuki式習慣②】活動を「少し物足りない」で終える心のバッファ
調子が良い日であっても、活動を終えた後に「まだ少し動けるな」と感じる心のゆとり(バッファ)を残すように意識します。これが、翌日の波を防ぐための最も効果的な予防策です。
最初のうちは、「せっかく調子がいいから。」といつも耐え忍んでいる分、頑張りたくなります。そこをぐっとこらえて「ここでやめるのが、治療だ。」と割り切って、力を温存するのが大切です。
その日の達成感よりも、「まだやろうと思ったらやれるもんね。」という余裕を感じる気持ちの方が大切です。
まとめ:焦らず、一歩ずつ前に進んでいる
回復は、ジェットコースターのように急上昇するものではなく、海のように潮の満ち引きを繰り返しながら、全体として少しずつ満ちていくものです。
波が下がっても、それは後退ではありません。また上がるときのために、脳が休息を求めているサインです。
焦らず、波と上手に付き合いながら、あなたらしいペースで、一歩ずつ前に進んでいる自分を認めてあげてください。それが、うつ病との最も賢明な向き合い方です。
【重要】免責事項と信頼性について
ここに掲載している内容は、すべて私個人の実体験と、一般的な知識に基づいてお話ししています。
この記事は、医師や医療専門家による医学的な診断、治療、またはアドバイスを代替するものではございません。
医学的根拠はございません。専門的な治療が必要な場合、必ず内科・脳神経外科、または心療内科・精神科などの専門医の意見を仰いでください。
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